大判例

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大阪地方裁判所 昭和41年(ワ)2615号 判決 1968年2月15日

原告

松本直美

ほか二名

被告

三和建設株式会社

ほか一名

主文

被告らは、各自原告直美に対し金三二三、九二〇円及びうち金二七三、九二〇円に対する昭和四〇年六月三日以降右支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告辰巳、同時江の請求及び原告直美のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を被告らの負担、その余を原告の負担とする。

この判決の第一項は仮に執行することができる。

ただし被告らが、各自金三〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、それぞれその仮執行を免れることができる。

事実

(本訴申立)

「被告らは各自、原告直美に対し金三四三、四二〇円、同辰美、同時江に対し各金二七〇、〇〇〇円及び右合計額中八一三、四二〇円に対する昭和四〇年六月三日以降右支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言。

(予備的申立)

「被告らは各自、原告直美に対し金八八三、四二〇円及びうち金八一三、四二〇円に対する昭和四〇年六月三日より右支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする」との判決及び仮執行宣言。

(争いのない事実)

一、本件事故発生

発生時 昭和四〇年六月三日午後六時ころ、

発生地 高槻市大字唐崎九九番地の三、被告会社工場構内、

事故車 プリンス一三尺ボラー品川1く一〇四九号

運転者 被告小林

被害者 原告直美(当時二才)

態様 被告小林は、停車中の前記事故車に乗車、突然後退を始め、後方にいた原告直美と本件事故に至つた。

傷害 本件事故により原告直美は、骨盤骨折、左前腕擦過創、背部挫創、左上下肢擦過傷、驚愕反応の傷害を負つた。

二、責任原因に関する事項

前記事故車は被告会社の所有であり、被告小林は被告会社に雇傭されていたものである。

被告小林には本件事故発生につき、無資格運転、後方不注視後退不適当の過失があつた。

(争点)

一、原告の主張

(一)被告小林は、事故車後方に佇立していた原告直美を轢き倒した。

(二)被告会社は事故車を自己のため運行の用に供していた。被告小林は被告会社の事業執行につき本件事故を惹起した。

(三)本件事故により原告らの蒙つた損害として請求するものは次のとおりである。

(1)原告直美

(イ)慰藉料 五〇〇、〇〇〇円のうち三〇〇、〇〇〇円

前記受傷によつて昭和四〇年六月四日から入院、その間コルセツトに入れられ身動きも許されない程の苦痛を受けた。又傷害が骨盤骨折などで女子にとつてはそれ自体重大である。将来神経痛等傷害の発生するおそれもある。

(ロ)通院交通費 三、三二〇円

(ハ)入院雑費 一〇、一一〇円

(ニ)弁護士費用 三〇、〇〇〇円

(2)原告辰巳、同時江

(イ)慰藉料 各五〇〇、〇〇〇円のうち各二五〇、〇〇〇円

原告直美入院期間中ほとんど附添を続け、殊に時江は当時妊娠八ケ月の身重であつた。

(ロ)弁護士費用 各二〇、〇〇〇円

(3)(予備的主張)

仮に原告辰巳、同時江の右請求が認められないときは、原告直美の慰藉料につき、一、五〇〇、〇〇〇円の内金八〇〇、〇〇〇円、又弁護士費用につき金七〇、〇〇〇円をそれぞれ請求する。

(四)被告らは過失相殺を主張するが、監督義務者たる親権者の過失は、過失相殺として考慮すべきでない。仮にそうでないとしても、本件においては事故発生地は道路でなく、被告会社の敷地内の広場であり、平素も、殊に退勤時などは、従業員がキヤツチボールをしても差支えないほどに、とくに自動車の出入りはない。のみならず、この敷地内には社宅や原告らの住居がある。このような場所に子供を遊ばせておいたからとて、親権者に監督義務の不行届きがあるとは言えず、過失相殺は許さるべきでない。

(五)被告主張の金額の支払いを受けたことは認めるが、いずれも本訴請求外の損害の弁済として受領したものである。

(六)よつて被告らは各自、原告らに対し、前記(四)(1)、(2)の金額、もしくは予備的に原告直美に対し(四)(1)、(ロ)(ハ)、及び(3)の金額及びうち弁護士費用を除くその余の金額に対する不法行為の日たる昭和四〇年六月三日以降右支払いずみまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、被告の主張

(一)前記原告の主張はいずれも争う。

(二)本件事故現場たる被告会社高槻工作所敷地内の状況は別紙図面のとおりであり、被告小林は同図面社宅の最東端の部屋に居住し、原告一家は飯場に居住していた。

事故当時被告会社従業員訴外合原義民同渡辺昭夫の両名は倉庫南側でキヤツチボールをしていたところ、原告直美がこれを見物すべく飯場から出て来たので右両名は危いから早く帰るよう注意したが、折柄風呂焚きをしていた同女の母たる原告時江に右注意の声は充分聞えていた。前記両名がキヤツチボールをしている間に、被告小林は倉庫に格納してあつた事故車に私物の箱を載せて社宅に運搬し、その東側に北向に同車を停めて荷物を降ろし、再び事故車に乗車してこれを倉庫に格納すべく後退したとき原告を跳ねたのであるが、原告直美は前記訴外渡辺がキヤツチボールの球を後逸したのを拾つて同人のところへ持つて行つた後、飯場に帰らず事故車の後方でこれに接触して遊んでいたものらしく、同女の位置は被告小林にとつては、バツクミラーに映らないし、前記渡辺らが同女に危いから帰れと注意していること、原告時江がこれを聞いていたことからも、よもや原告直美が事故車後方にいるとは想像もしなかつたものである。従つて被告小林の過失は認めるとしても、無過失に近い過失というべきである。

又当時被告会社の勤務時間は午前八時三〇分から午後五時三〇分までであり、被告小林の前記運転行為は、勤務時間終了後であるのみか、同人の私物運搬のためのものであるから、被告会社には責任はない。

(三)仮りにそうでないとしても、原告時江は、キヤツチボールをしていた前記渡辺が原告直美に注意するのを聞いておりながら、幼少の同女を被告会社敷地内に放置していたもので看護者としての責任を果しているとはいえず、右親権者の過失は被告らの損害賠償額算定上斟酌さるべきである。

更に、原告方は、原告直美の祖父母たる松本大蔵夫妻、原告辰巳同時江夫妻、子供二人の六人家族で、右大蔵が被告会社の下請大工をなし、昭和三八年九月一〇日から被告会社所有の前記飯場に居住していたのであるが、その飯場居住については大蔵、被告会社間に、使用期間は二年以内とし、立退の要求があれば期限内とも二ケ月以内に無条件で明渡すこと。家賃は当初一年間無償とすること、飯場入居者は大蔵の統轄する大工に限ること等の約があつたにも拘らず、いつの間にか原告らが共に居住するに至り、かつ大蔵も下請をやめたため、被告会社において昭和三九年九月飯場明渡しを要求したが、原告らはこれに応ぜず、賃料も支払わぬままこれが占有を続けた上、同四一年二月には右大蔵の過失により同飯場を全焼せしめて被告会社に金三〇万円の損害を与えており、これらの事情も、過失相殺として斟酌さるべきである。

(四)被告小林は、原告直美の療養費等として別表の通り支払つている。又原告らは自賠法による保険金三八、〇〇〇円を受領している。

三、証拠〔略〕

理由

(争点に対する判断)

一、被告会社の責任原因について。

本件事故発生地は、被告会社の資材置場敷地内であつて、同敷地内には、東北隅に、その東端一戸に被告小林の居住する社宅棟が、又南方に原告直美らの一家が居住する飯場がそれぞれ点在する。

当時、被告小林は、約一ケ月前に東京支店から転勤して来て、資材倉庫に自宅に搬入する私物が置いてあつたことから、勤務終了後同倉庫内の前記事故車を無断で引出し、これに右私物を載せて自己社宅東側附近まで運転してゆき、荷物を降ろしたのち、再び事故車を資材倉庫内に戻すべく乗車後退したとき、同車体後部附近にいた原告直美に車体を接触転倒させて本件事故に至つたものである。(〔証拠略〕)

そうすると、被告小林は、被告会社所有で、被告会社資材倉庫に格納されていた事故車を、自己の荷物を運ぶため、被告会社同一敷地内の右倉庫と社宅の間に一時使用運転したものであるから、たとえそれが、被告小林にとり勤務終了後の無断かつ私用のための運行であるとしても、これを外形的抽象的に観察すれば、なお右事故車は被告会社の運行支配下にあるものとみるを得べく、被告会社として、これを自己のため運行の用に供したものというを妨げないと解するのが相当である。

二、損害について。

(一)本件事故により原告直美の蒙つた損害は次のとおり。

(1)通院交通費三、三二〇円

原告主張のとおり認められる。

(2)入院雑費 八、六〇〇円

診断書料六〇〇円、栄養費果物代等八、〇〇〇円を原告直美のため支出したことは認められるが、見舞客接待費一、五〇〇円は、本件事故と相当因果関係ある支出とは認め難い。

(3)慰藉料 三〇〇、〇〇〇円

前記受傷により、昭和四〇年六月四日から同年七月二日迄大阪医科大学附属病院に入院し、同月四日より同八月三一日迄略隔日毎に通院加療を要した他、以後同年末頃迄月一回のレントゲン検査を要した。骨盤骨折の傷害を受けたことは女子として将来に対する心理的不安を拭い得ないものと思われる。他方被告小林は、本件事故車を前記資材倉庫から出したとき、附近の同敷地内で、被告会社従業員二名がキヤツチボールをしており、その近くに原告直美が居るのを目撃していたのであつて、同被告としては、監督者も保護者も付添つていない二才の幼児が、同じ敷地内の近くで遊んでいたのであるから、同女が自動車に近づいて来ることも予想されないではなく、再度発進後退するに当つては、自ら後方に廻つて、その安全を確認する等充分注意を払うべきであつたにも拘らず、自宅に積荷を搬入したのち、車体前方から廻つて運転席に入り、単にバツクミラーで後方を一暼したのみで軽々に後退を開始した過失は決して軽いものとはいえない。その他本件証拠上認められる諸般の事情を考慮すると、その慰謝料は右額が相当である。

(4)弁護士費用 五〇、〇〇〇円

右額を相当と認める。〔証拠略〕

(二)原告辰巳、時江の慰藉料請求については、同原告らが、原告直美の前記受傷により、自己の権利として慰藉料の請求をなしうる程度の精神的苦痛を受けたものとは、本件全証拠によるも未だこれを認めるに足りないので認容し難い(なお、最高裁昭和四〇年(オ)一三〇八号昭和四二年六月一三日判決参照)。従つて同原告らの弁護士費用請求も認められない。(よつて、原告直美の予備的申立の範囲内でその損害額を認定した)。

三、過失相殺について。

当時、原告時江は、原告ら住居である前記飯場で風呂焚きをしており、原告直美が前記敷地内で独りで遊んでいるのを知つていたが、これに注意を与える等特段の配慮を払つた形跡はない。しかし、原告直美の遊んでいたのが、原告ら飯場と同じ被告会社資材置場敷地内であり、当時は既に業務終了後で、従来からそのような時刻に車両が同敷地内に出入りするようなことは少なかつたと認められること(原告時江本人尋問の結果)から考えると、原告時江が原告直美を右のように独り遊ばせていたことについて、少くとも損害額算定上斟酌すべき程度の監督義務者の過失があつたとはいえないというべきである。

更に、被告らは、原告直美の祖父たる訴外松本大蔵の飯場使用契約違反、不法占拠並びに失火焼失を以て過失相殺を主張するが、仮に右のような被告ら主張事実が認められるとしても、不法行為における損害賠償額算定上斟酌の対象となる被害者側の過失とは、右不法行為もしくはそれによる損害発生自体と直接関連する被害者側の行為に関するものというべきところ、右事実はいずれも本件不法行為もしくは損害発生と直接関連する行為にかかるものではないから、右被告ら主張は採用できない。

四、弁済について。

被告小林の支払つた療養費等は、原告の本訴請求外の損害の弁済として支払われたものと認められる(〔証拠略〕)。しかし、自賠責保険金三八、〇〇〇円については、原告らに右の他本訴請求外の損害があり、これに充当されたと認めるに足る何らの証拠もないから、前認定の損害額よりこれを控除すべきである。

五、そうすると、被告会社は自賠法三条により、被告小林は民法七〇九条により、各自原告直美に対し前認定の損害額計三六一、九二〇円より自賠責保険金三八、〇〇〇円を控除した金三二三、九二〇円及びうち弁護士費用五〇、〇〇〇円を除く二七三、九二〇円に対する本件不法行為の日(昭和四〇年六月三日)以降右支払いずみまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるといわねばならないから、原告辰巳、同時江の請求は理由なきものとしてこれを棄却は、原告直美の請求は右限度においてこれを正当として認容しその余を棄却すべく、よつて民訴法九二条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西岡宜兄)

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